歴史エピソード 上杉鷹山
江戸時代の米沢藩といえば藩祖は上杉景勝。戦国時代から続く名門上杉家の藩です。
ですが米沢藩の初期のころは財政難から藩運営は大変厳しかった。その理由は関ヶ原の合戦にさかのぼります。上杉景勝は当時100万石を超える大大名。家臣は6000名にも。
そして関ヶ原の合戦を迎えるわけですが、上杉家は西軍に味方したため領地を30万石にまで減らされます。ところが上杉家は家臣のリストラを行わなかった。このため人口に占める家臣の数が他の藩と比較にならないほど多かった。結果上杉家は代々財政難に苦しむことになります。とうとう8代目の当主のときには、幕府に藩を返上することも考えるまでに。
そして上杉鷹山は米沢藩の9代目の当主となりました。鷹山は有能な家臣の取り立て、自ら倹約を行って土を耕し農業の発展、学問所を再興するなど藩政改革を行います。結果2代後の藩主の時代に米沢藩の借金を返済することができました。
まさに米沢藩中興の祖。現在の米沢市民にも尊敬され、他の歴代藩主は敬称なしで呼ばれることがあっても、上杉鷹山だけは「鷹山公」と「公」という敬称を付けて呼ばれることが多いそうです。
またアメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディや第42代ビル・クリントンが、日本人の政治家の中で一番尊敬している人物として上杉鷹山を挙げているとのことです。
そんな上杉鷹山の名言。
「なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」
鷹山公が子息に教訓として詠み与えたもの
○伝国の辞:鷹山公が家督を譲るに当り、藩主の心得として伝授したもの
一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれなく候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれなく候
一、国家人民のために立たる君にし君のために立たる国家人民にはこれなく候
(訳)
一、国家は先祖から子孫に伝えるところの国家であって、自分で身勝手にしてはならないものです。
一、人民は国家に属している人民であって、自分で勝手にしてはならないものです。
一、国家と人民のために立てられている君主であって、君主のために立てられている国家や人民ではありません。
訳は下のサイトから
<a href="http://www8.ocn.ne.jp/~yozan/rekisi/yozan_meigen.html" target="_blank">http://www8.ocn.ne.jp/~yozan/rekisi/yozan_meigen.html</a>
いやはや、今の官僚、政治家にもしっかりかみしめてほしい言葉。
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